12月8日〜13日の小笠原釣行日記第2弾!

さて・・・・東京芝浦を出発してから29時間。




やっとこさ母島に到着しました。








やはり・・・・






遠い!




東京〜小笠原を16時間で結ぶ、世界最速の大型高速船、夢の「スーパーテクノライナー」も原油高や年間20億を超える赤字を東京都は支援できないという理由で打ち切り。本当に夢で終わってしまいました。
母島や兄島に空港を作るという計画は断念。

父島の時雨山に空港を作るという計画も谷を2つ埋める1000億を超える予算の関係で断念。


まだまだ小笠原は「世界で一番遠い島」といわれ続けなければいけないようです。

だから自然や魚が手付かずで残っているんでしょうけどね。












さて、小笠原諸島について若干講義しておきます。







小笠原は1670年。紀州の蜜柑船が発見しました。







それ以前に信濃の国の小笠原貞頼 が発見したという説がありますが、現在では貞頼の存在自体が否定されています。




小笠原群島の英名は Bonin Islands 。

Bonin Islands は、江戸時代の無人島(ぶにんしま、ぶにんじま)という呼び名に由来しています。




18世紀には欧米の捕鯨船が寄港するようになり、イギリスが領有権を宣言したり、ジョン万次郎が立ち寄ったり、ペリーが寄港してハワイから移民させたりと国際的にバタバタしますが、明治9年に日本の領土が国際的に確定します。



戦前はサンゴの世界一の産地として繁栄を極めますが、第二次世界大戦では硫黄島が激戦地になり、小笠原も本土からの補給船が絶たれた孤立して大飢饉により、住民のほとんどは本土に疎開しました。



戦後はアメリカ海軍の統治下に置かれ、日本に返還されたのは1968年になってからです。








母島は父島に比べてアクセスが悪いので観光客はほとんどきません。



ただでさえ滞在時間が制約される中で半日ずつ移動に時間がかかるのが敬遠されるみたいです。


父島だと 半日〜1日〜1日〜半日 が自由な時間ですが、母島だとこの半日の部分がなくなってしまうからですね。


その観光地化されてない静かなのが良いという方もいますが・・・・










母島は人口わずか440人。道路には信号もありません。



昼食を食べるようなレストランは皆無。




商店といえば、農協直営、漁協直営のスーパーが2〜3軒のみ。



床屋、薬局、電気店・・・・・ありません。





公衆電話も・・・・  ちょっと変。




床屋は月に1回、父島から出張でくるそうです。





買出しにいっても・・・・・・




こんな状態。




カップラーメンは全て売り切れてました・・・・泣

新聞は1週間分まとめたものが売ってます。









さて・・・・待望の釣りのお話に入ります。






さて、今年もお世話になったのは「秀洋丸」さん。

とび島丸の国嶋君が以前、母島で働いていたのがきっかけで、小笠原では3年連続お世話になっております。








秀洋丸さんはペンション「ラメーフ」も営んでいます。










食事はかなり凝ってます。










これは亀の肉。



食べてみると・・・・・馬刺しと味が一緒でした。

特に臭みはありません。



ということで・・・・・




次回は待望の釣り偏!!!