僕はヤクルトスワローズの熱狂的なファンであります。

でも、大好きな選手がいます。






実は、松井選手のデビュー第1号ホームランはヤクルトの高津選手から打ってます。

そんなこともあったもので・・・・



ヤクルト戦では、松井選手が打席に立つたびに





だったのですが・・・・




実はマスコミには一切でなかったエピソードがあります。

あの時からちょうど10年くらいたったでしょうか・・・・




当時、まだインターネットという言葉がない時代でした。

いわゆるパソコン通信。






当時、僕が記事を書いていた釣り雑誌のコミュニティーがあり、そこで毎日楽しく釣り仲間とネットでたわむれておりました。


オフ会と称してはみんなで釣り大会を開催してネットを超えた楽しい交流がありました。




そこには南伊豆の某船宿のオカミさんなども参加していていました。

ある時、ネット上で「巨人の松井選手のバットもらえないかな?」

という書き込み。




事情を聞くと・・・オカミさんの知人の息子が小児ガンで余命半年。

少年野球をやっており、松井選手の大ファン。



もちろん、本人は病院で闘病生活で自分の病気のことは知りません。

元気になって松井選手のようなプロ野球選手を夢みて頑張っていました。




巨人軍の広報に直接聞いても、「バットは野球選手の命だから無理です。バットを変えて不調になる選手もいるんですから。サインボールくらいなら・・・あとニュースとして取りあつかわさせていただきたい」とのこと。



子供のこともあるのでニュースとして取り扱われることは避けたい・・・・




ネットのみんなであきらめかけていたときに・・・・

ある方を思いつきました。








その方は元巨人軍選手。

引退後もコーチ、二軍監督、寮長と巨人軍の裏方の仕事を長年やっていた方です。

もちろん釣りも大物・小物と大好きで、あるメーカーのインストラクター的立場で現在も活動しておられます。



詳細を話したら・・・・・

「よっしゃ!松井のバットもらってきてやる!」






とその日の後楽園のロッカールームまで乗り込み、なんと・・・・

松井選手のバットをもらってきてくれました。

快くバットを提供してくださったそうです。



そしてその日のうちに夜通し車を走らせてその両親のもとに届けてくださったのです。






1年後・・・







少年は天国に召されました。最後まであのバットを抱きしめて病気と闘ってました・・・・野球選手になることを夢みて・・・・・



と連絡をいただきました。




松井選手は大リーグで活躍されています。

彼の勇姿を見るたびにその少年のことが思い出されます。



あれから10年・・・・


少年の夢は大空をはばたいていることでしょう。





すみません・・・・・今日は途中から目にゴミがはいって画像が貼れません・・・・